イエス・キリストの復活に関する記述は、永遠の命への希望が成就することの保証である

日本語の聖書 – オーディオナレーション付き

福音書に記されたイエス・キリストの復活の記述は、復活と永遠の命への希望に対する私たちの信仰を強めてくれる

Christressuscité7

弟子たちに、イエスが確かに死からよみがえったことを理解させるために、イエスは様々な人間の姿をとりました。その顔は必ずしも弟子たちには見分けがつかないものでした。

序論

イエス・キリストの復活に関する様々な記述についてのこの黙想の目的は二つあります。一つ目は、表題が示すように、復活と永遠の命というキリスト教の希望を信じる人々を励ますことです(ヨハネ3:16、36)。二つ目は、聖書によれば、死者の復活は神によって保証されていることを示すことです。まさにこのことを書いているのが使徒パウロであり、コリントの信徒への手紙一15章は復活というテーマに特化しています。会衆の中に復活などあり得ないと言う人がいたとき、使徒パウロは次のように答えています。

「12 さて、キリストは死人の中からよみがえったのだと宣べ伝えられているのに、あなたがたの中のある者が、死人の復活などはないと言っているのは、どうしたことか。
13 もし死人の復活がないならば、キリストもよみがえらなかったであろう。
14 もしキリストがよみがえらなかったとしたら、わたしたちの宣教はむなしく、あなたがたの信仰もまたむなしい。
15 すると、わたしたちは神にそむく偽証人にさえなるわけだ。なぜなら、万一死人がよみがえらないとしたら、わたしたちは神が実際よみがえらせなかったはずのキリストを、よみがえらせたと言って、神に反するあかしを立てたことになるからである。
16 もし死人がよみがえらないなら、キリストもよみがえらなかったであろう。
17 もしキリストがよみがえらなかったとすれば、あなたがたの信仰は空虚なものとなり、あなたがたは、いまなお罪の中にいることになろう。
18 そうだとすると、キリストにあって眠った者たちは、滅んでしまったのである。
19 もしわたしたちが、この世の生活でキリストにあって単なる望みをいだいているだけだとすれば、わたしたちは、すべての人の中で最もあわれむべき存在となる」(コリント人への手紙第一 15:12-19。希望する読者は、復活の様々な種類について書かれた第15章全体を読んでもよい)。

最後に、イエス・キリストが昇天する前の40日間に現れた様々な出来事について触れておきましょう。驚くべきことに、弟子たちはすぐにイエスだと気づきませんでした。まるで顔が変わってしまったかのようでした。イエスは、パンを裂くといった以前の仕草や、マグダラのマリアなど愛する人の名前を呼ぶときの言い方によって、以前のイエスだと認識されたのです。なぜでしょうか?コリントの信徒への手紙一15章45節には、「最初の人間アダムは、生きた魂となった」とあります。最後のアダム、すなわち命を与える霊です。この聖句は、復活したイエス・キリストが霊として復活したことを示しています。霊や天使は一般的に人間の目には見えません。弟子たちに自分が確かに死から復活したことを理解させるために、イエスは別の人間の体をとられたのです。その顔は、弟子たちには必ずしも認識できるものではありませんでした。

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寛大な女性:「彼女はできる限りのことをした」(マルコ14:8)

「イエスがベタニヤで、らい病人シモンの家にいて、食卓についておられたとき、ひとりの女が、非常に高価で純粋なナルドの香油が入れてある石膏のつぼを持ってきて、それをこわし、香油をイエスの頭に注ぎかけた。
4 すると、ある人々が憤って互に言った、「なんのために香油をこんなにむだにするのか。
5 この香油を三百デナリ以上にでも売って、貧しい人たちに施すことができたのに」。そして女をきびしくとがめた。
6 するとイエスは言われた、「するままにさせておきなさい。なぜ女を困らせるのか。わたしによい事をしてくれたのだ。
7 貧しい人たちはいつもあなたがたと一緒にいるから、したいときにはいつでも、よい事をしてやれる。しかし、わたしはあなたがたといつも一緒にいるわけではない。
8 この女はできる限りの事をしたのだ。すなわち、わたしのからだに油を注いで、あらかじめ葬りの用意をしてくれたのである。
9 よく聞きなさい。全世界のどこででも、福音が宣べ伝えられる所では、この女のした事も記念として語られるであろう」」(マルコ14:3-9)。

この女性の寛大さは、イエス・キリストが注目された、非常に貧しいやもめの寛大さと似ている。「イエスは目を上げて、金持ちたちが献金箱に献金を入れているのをご覧になった。」するとイエスは、貧しいやもめがわずかな硬貨を二つ入れているのを見て言われた。「まことに、あなたがたに言います。このやもめは貧しいのに、だれよりも多く入れたのです。だれも余剰の中から入れたのに、この女は貧しい中から、生活費のすべてを入れたのです」(ルカ21:1-4)。このように、イエス・キリストは、私たちが御父に仕えるために、どんなに小さな努力でも、全力を尽くして心から行うならば、それに気づいてくださっているのです(マタイ7:21)。

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―ユダヤ総督ピラトにキリストの遺体を引き渡してくれるよう懇願したアリマタヤのヨセフの勇気:

福音書などの歴史的記述を読むと、私たちは結末を知っています。しかし、時に危険で苦痛に満ちた状況を生き抜いた人々は、投獄やあらゆる種類の虐待といった、自らの勇気ある決断がもたらす結果を知りませんでした。聖書に記されている勇気ある人物の一人が、キリストの遺体を引き渡してくれるよう懇願したアリマタヤのヨセフです。ヨセフの崇高さは、自らのために用意した墓をキリストの遺体のために捧げた行為にあります。マルコによる福音書15章では、彼は「高潔な」人物であり、キリストの死刑を宣告したピラトの前での彼の行為は「勇気ある」行為であったと記されています。

「夕方になってから、アリマタヤの金持で、ヨセフという名の人がきた。彼もまたイエスの弟子であった。
58 この人がピラトの所へ行って、イエスのからだの引取りかたを願った。そこで、ピラトはそれを渡すように命じた。
59 ヨセフは死体を受け取って、きれいな亜麻布に包み、
60 岩を掘って造った彼の新しい墓に納め、そして墓の入口に大きい石をころがしておいて、帰った。
61 マグダラのマリヤとほかのマリヤとが、墓にむかってそこにすわっていた」(マタイによる福音書 27:57-61)。

キリストの死の翌日:祭司長とファリサイ派の人々は、キリストの墓がしっかりと封印され、二人の兵士によって警備されていることを確認しました。

「あくる日は準備の日の翌日であったが、その日に、祭司長、パリサイ人たちは、ピラトのもとに集まって言った、
63 「長官、あの偽り者がまだ生きていたとき、『三日の後に自分はよみがえる』と言ったのを、思い出しました。
64 ですから、三日目まで墓の番をするように、さしずをして下さい。そうしないと、弟子たちがきて彼を盗み出し、『イエスは死人の中から、よみがえった』と、民衆に言いふらすかも知れません。そうなると、みんなが前よりも、もっとひどくだまされることになりましょう」。
65 ピラトは彼らに言った、「番人がいるから、行ってできる限り、番をさせるがよい」。
66 そこで、彼らは行って石に封印をし、番人を置いて墓の番をさせた」(マタイによる福音書 1:16、27:62-66)。

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復活したイエス・キリストは、ニサン16日(日曜日)の早朝に、墓にやって来た女性たちに現れました。

「安息日後、週の初めの日の明け方に、マグダラのマリヤとほかのマリヤとが、墓を見にきた。
2 すると、大きな地震が起った。それは主の使が天から下って、そこにきて石をわきへころがし、その上にすわったからである。
3 その姿はいなずまのように輝き、その衣は雪のように真白であった。
4 見張りをしていた人たちは、恐ろしさの余り震えあがって、死人のようになった。
5 この御使は女たちにむかって言った、「恐れることはない。あなたがたが十字架におかかりになったイエスを捜していることは、わたしにわかっているが、
6 もうここにはおられない。かねて言われたとおりに、よみがえられたのである。さあ、イエスが納められていた場所をごらんなさい。
7 そして、急いで行って、弟子たちにこう伝えなさい、『イエスは死人の中からよみがえられた。見よ、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。そこでお会いできるであろう』。あなたがたに、これだけ言っておく」。
8 そこで女たちは恐れながらも大喜びで、急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走って行った。
9 すると、イエスは彼らに出会って、「平安あれ」と言われたので、彼らは近寄りイエスのみ足をいだいて拝した。
10 そのとき、イエスは彼らに言われた、「恐れることはない。行って兄弟たちに、ガリラヤに行け、そこでわたしに会えるであろう、と告げなさい」」(マタイによる福音書 28:1-10)。

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女性たちは、イエス・キリストの復活という良き知らせを、信じようとしない11人の使徒たちに告げました。

「週の初めの日に、彼女たちは用意しておいた香料を持って、朝早く墓へ行きました。すると、記念の墓の入り口の石が転がされているのを見つけ、中に入ってみると、主イエスの遺体は見当たりませんでした。彼女たちが不思議に思っていると、見よ、まばゆいばかりの衣を着た二人の男が彼女たちのそばに立っていました。」女性たちは恐れおののき、顔を地に伏せました。すると男たちは彼女たちに言いました。「なぜ生きている方を死人の中に探すのですか。[彼はここにはおられません。復活されたのです。] ガリラヤであなたたちと一緒にいた時に、人の子は罪人たちの手に渡され、十字架につけられ、三日目に復活すると言われたことを思い出してください。」そこで彼女たちはイエスの言葉を思い出し、記念の墓から戻って、これらのことをすべて11人の使徒たちと他のすべての人々に伝えました。 「それはマグダラのマリア、ヨハンナ、そしてヤコブの母マリアであった。彼女たちと一緒にいた他の女たちも、これらのことを使徒たちに話した。しかし、使徒たちはこれらのことをばかげたことのように思い、女たちの言葉を信じようとしなかった。」(ルカによる福音書 24:1-11)。

―ペトロとヨハネは、女性たちの証言を確かめるために墓へ走った。

「一週の初めの日に、朝早くまだ暗いうちに、マグダラのマリヤが墓に行くと、墓から石がとりのけてあるのを見た。
2 そこで走って、シモン・ペテロとイエスが愛しておられた、もうひとりの弟子のところへ行って、彼らに言った、「だれかが、主を墓から取り去りました。どこへ置いたのか、わかりません」。
3 そこでペテロともうひとりの弟子は出かけて、墓へむかって行った。
4 ふたりは一緒に走り出したが、そのもうひとりの弟子の方が、ペテロよりも早く走って先に墓に着き、
5 そして身をかがめてみると、亜麻布がそこに置いてあるのを見たが、中へははいらなかった。
6 シモン・ペテロも続いてきて、墓の中にはいった。彼は亜麻布がそこに置いてあるのを見たが、
7 イエスの頭に巻いてあった布は亜麻布のそばにはなくて、はなれた別の場所にくるめてあった。
8 すると、先に墓に着いたもうひとりの弟子もはいってきて、これを見て信じた。
9 しかし、彼らは死人のうちからイエスがよみがえるべきことをしるした聖句を、まだ悟っていなかった。
10 それから、ふたりの弟子たちは自分の家に帰って行った」(ヨハネによる福音書 20:1-10)。

***

マグダラのマリアは復活したイエス・キリストに出会いますが、イエスだと気づかず、庭師と間違えてしまいます。

「しかし、マリヤは墓の外に立って泣いていた。そして泣きながら、身をかがめて墓の中をのぞくと、
12 白い衣を着たふたりの御使が、イエスの死体のおかれていた場所に、ひとりは頭の方に、ひとりは足の方に、すわっているのを見た。
13 すると、彼らはマリヤに、「女よ、なぜ泣いているのか」と言った。マリヤは彼らに言った、「だれかが、わたしの主を取り去りました。そして、どこに置いたのか、わからないのです」。
14 そう言って、うしろをふり向くと、そこにイエスが立っておられるのを見た。しかし、それがイエスであることに気がつかなかった。
15 イエスは女に言われた、「女よ、なぜ泣いているのか。だれを捜しているのか」。マリヤは、その人が園の番人だと思って言った、「もしあなたが、あのかたを移したのでしたら、どこへ置いたのか、どうぞ、おっしゃって下さい。わたしがそのかたを引き取ります」。
16 イエスは彼女に「マリヤよ」と言われた。マリヤはふり返って、イエスにむかってヘブル語で「ラボニ」と言った。それは、先生という意味である。
17 イエスは彼女に言われた、「わたしにさわってはいけない。わたしは、まだ父のみもとに上っていないのだから。ただ、わたしの兄弟たちの所に行って、『わたしは、わたしの父またあなたがたの父であって、わたしの神またあなたがたの神であられるかたのみもとへ上って行く』と、彼らに伝えなさい」。
18 マグダラのマリヤは弟子たちのところに行って、自分が主に会ったこと、またイエスがこれこれのことを自分に仰せになったことを、報告した」(ヨハネによる福音書 20:11-18)。

― 二人の弟子が、エマオへの道で、復活したイエス・キリストと知らずに語り合っていた。

「この日、ふたりの弟子が、エルサレムから七マイルばかり離れたエマオという村へ行きながら、
14 このいっさいの出来事について互に語り合っていた。
15 語り合い論じ合っていると、イエスご自身が近づいてきて、彼らと一緒に歩いて行かれた。
16 しかし、彼らの目がさえぎられて、イエスを認めることができなかった。
17 イエスは彼らに言われた、「歩きながら互に語り合っているその話は、なんのことなのか」。彼らは悲しそうな顔をして立ちどまった。
18 そのひとりのクレオパという者が、答えて言った、「あなたはエルサレムに泊まっていながら、あなただけが、この都でこのごろ起ったことをご存じないのですか」。
19 「それは、どんなことか」と言われると、彼らは言った、「ナザレのイエスのことです。あのかたは、神とすべての民衆との前で、わざにも言葉にも力ある預言者でしたが、
20 祭司長たちや役人たちが、死刑に処するために引き渡し、十字架につけたのです。
21 わたしたちは、イスラエルを救うのはこの人であろうと、望みをかけていました。しかもその上に、この事が起ってから、きょうが三日目なのです。
22 ところが、わたしたちの仲間である数人の女が、わたしたちを驚かせました。というのは、彼らが朝早く墓に行きますと、
23 イエスのからだが見当らないので、帰ってきましたが、そのとき御使が現れて、『イエスは生きておられる』と告げたと申すのです。
24 それで、わたしたちの仲間が数人、墓に行って見ますと、果して女たちが言ったとおりで、イエスは見当りませんでした」。
25 そこでイエスが言われた、「ああ、愚かで心のにぶいため、預言者たちが説いたすべての事を信じられない者たちよ。
26 キリストは必ず、これらの苦難を受けて、その栄光に入るはずではなかったのか」。
27 こう言って、モーセやすべての預言者からはじめて、聖書全体にわたり、ご自身についてしるしてある事どもを、説きあかされた。
28 それから、彼らは行こうとしていた村に近づいたが、イエスがなお先へ進み行かれる様子であった。
29 そこで、しいて引き止めて言った、「わたしたちと一緒にお泊まり下さい。もう夕暮になっており、日もはや傾いています」。イエスは、彼らと共に泊まるために、家にはいられた。
30 一緒に食卓につかれたとき、パンを取り、祝福してさき、彼らに渡しておられるうちに、
31 彼らの目が開けて、それがイエスであることがわかった。すると、み姿が見えなくなった。
32 彼らは互に言った、「道々お話しになったとき、また聖書を説き明してくださったとき、お互の心が内に燃えたではないか」。
33 そして、すぐに立ってエルサレムに帰って見ると、十一弟子とその仲間が集まっていて、
34 「主は、ほんとうによみがえって、シモンに現れなさった」と言っていた。
35 そこでふたりの者は、途中であったことや、パンをおさきになる様子でイエスだとわかったことなどを話した」(ルカによる福音書 24:13-35)。

***

復活したイエス・キリストが弟子たちの前に現れる。

「こう話していると、イエスが彼らの中にお立ちになった。〔そして「やすかれ」と言われた。〕
37 彼らは恐れ驚いて、霊を見ているのだと思った。
38 そこでイエスが言われた、「なぜおじ惑っているのか。どうして心に疑いを起すのか。
39 わたしの手や足を見なさい。まさしくわたしなのだ。さわって見なさい。霊には肉や骨はないが、あなたがたが見るとおり、わたしにはあるのだ」。
40 〔こう言って、手と足とをお見せになった。〕
41 彼らは喜びのあまり、まだ信じられないで不思議に思っていると、イエスが「ここに何か食物があるか」と言われた。
42 彼らが焼いた魚の一きれをさしあげると、
43 イエスはそれを取って、みんなの前で食べられた。
44 それから彼らに対して言われた、「わたしが以前あなたがたと一緒にいた時分に話して聞かせた言葉は、こうであった。すなわち、モーセの律法と預言書と詩篇とに、わたしについて書いてあることは、必ずことごとく成就する」。
45 そこでイエスは、聖書を悟らせるために彼らの心を開いて
46 言われた、「こう、しるしてある。キリストは苦しみを受けて、三日目に死人の中からよみがえる。
47 そして、その名によって罪のゆるしを得させる悔改めが、エルサレムからはじまって、もろもろの国民に宣べ伝えられる。
48 あなたがたは、これらの事の証人である。
49 見よ、わたしの父が約束されたものを、あなたがたに贈る。だから、上から力を授けられるまでは、あなたがたは都にとどまっていなさい」」(ルカ24:36-49)。

***

復活したイエス・キリストは、使徒トマスに現れました。トマスは他の弟子たちの言葉を信じず、自分がいない間に弟子たちがイエスを見たことを告げました。

「その日、すなわち、一週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人をおそれて、自分たちのおる所の戸をみなしめていると、イエスがはいってきて、彼らの中に立ち、「安かれ」と言われた。
20 そう言って、手とわきとを、彼らにお見せになった。弟子たちは主を見て喜んだ。
21 イエスはまた彼らに言われた、「安かれ。父がわたしをおつかわしになったように、わたしもまたあなたがたをつかわす」。
22 そう言って、彼らに息を吹きかけて仰せになった、「聖霊を受けよ。
23 あなたがたがゆるす罪は、だれの罪でもゆるされ、あなたがたがゆるさずにおく罪は、そのまま残るであろう」。
24 十二弟子のひとりで、デドモと呼ばれているトマスは、イエスがこられたとき、彼らと一緒にいなかった。
25 ほかの弟子たちが、彼に「わたしたちは主にお目にかかった」と言うと、トマスは彼らに言った、「わたしは、その手に釘あとを見、わたしの指をその釘あとにさし入れ、また、わたしの手をそのわきにさし入れてみなければ、決して信じない」。
26 八日ののち、イエスの弟子たちはまた家の内におり、トマスも一緒にいた。戸はみな閉ざされていたが、イエスがはいってこられ、中に立って「安かれ」と言われた。
27 それからトマスに言われた、「あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。手をのばしてわたしのわきにさし入れてみなさい。信じない者にならないで、信じる者になりなさい」。
28 トマスはイエスに答えて言った、「わが主よ、わが神よ」。
29 イエスは彼に言われた、「あなたはわたしを見たので信じたのか。見ないで信ずる者は、さいわいである」。
30 イエスは、この書に書かれていないしるしを、ほかにも多く、弟子たちの前で行われた。
31 しかし、これらのことを書いたのは、あなたがたがイエスは神の子キリストであると信じるためであり、また、そう信じて、イエスの名によって命を得るためである」(ヨハネによる福音書 20:19-31)。

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ティベリア湖畔で復活したイエス・キリストは、奇跡的な漁獲を通して弟子たちに自らを現し、使徒ペトロに羊の世話をするようにと励ましました。

「その後、イエスはテベリヤの海べで、ご自身をまた弟子たちにあらわされた。そのあらわされた次第は、こうである。
2 シモン・ペテロが、デドモと呼ばれているトマス、ガリラヤのカナのナタナエル、ゼベダイの子らや、ほかのふたりの弟子たちと一緒にいた時のことである。
3 シモン・ペテロは彼らに「わたしは漁に行くのだ」と言うと、彼らは「わたしたちも一緒に行こう」と言った。彼らは出て行って舟に乗った。しかし、その夜はなんの獲物もなかった。
4 夜が明けたころ、イエスが岸に立っておられた。しかし弟子たちはそれがイエスだとは知らなかった。
5 イエスは彼らに言われた、「子たちよ、何か食べるものがあるか」。彼らは「ありません」と答えた。
6 すると、イエスは彼らに言われた、「舟の右の方に網をおろして見なさい。そうすれば、何かとれるだろう」。彼らは網をおろすと、魚が多くとれたので、それを引き上げることができなかった。
7 イエスの愛しておられた弟子が、ペテロに「あれは主だ」と言った。シモン・ペテロは主であると聞いて、裸になっていたため、上着をまとって海にとびこんだ。
8 しかし、ほかの弟子たちは舟に乗ったまま、魚のはいっている網を引きながら帰って行った。陸からはあまり遠くない五十間ほどの所にいたからである。
9 彼らが陸に上って見ると、炭火がおこしてあって、その上に魚がのせてあり、またそこにパンがあった。
10 イエスは彼らに言われた、「今とった魚を少し持ってきなさい」。
11 シモン・ペテロが行って、網を陸へ引き上げると、百五十三びきの大きな魚でいっぱいになっていた。そんなに多かったが、網はさけないでいた。
12 イエスは彼らに言われた、「さあ、朝の食事をしなさい」。弟子たちは、主であることがわかっていたので、だれも「あなたはどなたですか」と進んで尋ねる者がなかった。
13 イエスはそこにきて、パンをとり彼らに与え、また魚も同じようにされた。
14 イエスが死人の中からよみがえったのち、弟子たちにあらわれたのは、これで既に三度目である。
15 彼らが食事をすませると、イエスはシモン・ペテロに言われた、「ヨハネの子シモンよ、あなたはこの人たちが愛する以上に、わたしを愛するか」。ペテロは言った、「主よ、そうです。わたしがあなたを愛することは、あなたがご存じです」。イエスは彼に「わたしの小羊を養いなさい」と言われた。
16 またもう一度彼に言われた、「ヨハネの子シモンよ、わたしを愛するか」。彼はイエスに言った、「主よ、そうです。わたしがあなたを愛することは、あなたがご存じです」。イエスは彼に言われた、「わたしの羊を飼いなさい」。
17 イエスは三度目に言われた、「ヨハネの子シモンよ、わたしを愛するか」。ペテロは「わたしを愛するか」とイエスが三度も言われたので、心をいためてイエスに言った、「主よ、あなたはすべてをご存じです。わたしがあなたを愛していることは、おわかりになっています」。イエスは彼に言われた、「わたしの羊を養いなさい。
18 よくよくあなたに言っておく。あなたが若かった時には、自分で帯をしめて、思いのままに歩きまわっていた。しかし年をとってからは、自分の手をのばすことになろう。そして、ほかの人があなたに帯を結びつけ、行きたくない所へ連れて行くであろう」。
19 これは、ペテロがどんな死に方で、神の栄光をあらわすかを示すために、お話しになったのである。こう話してから、「わたしに従ってきなさい」と言われた。
20 ペテロはふり返ると、イエスの愛しておられた弟子がついて来るのを見た。この弟子は、あの夕食のときイエスの胸近くに寄りかかって、「主よ、あなたを裏切る者は、だれなのですか」と尋ねた人である。
21 ペテロはこの弟子を見て、イエスに言った、「主よ、この人はどうなのですか」。
22 イエスは彼に言われた、「たとい、わたしの来る時まで彼が生き残っていることを、わたしが望んだとしても、あなたにはなんの係わりがあるか。あなたは、わたしに従ってきなさい」。
23 こういうわけで、この弟子は死ぬことがないといううわさが、兄弟たちの間にひろまった。しかし、イエスは彼が死ぬことはないと言われたのではなく、ただ「たとい、わたしの来る時まで彼が生き残っていることを、わたしが望んだとしても、あなたにはなんの係わりがあるか」と言われただけである。
24 これらの事についてあかしをし、またこれらの事を書いたのは、この弟子である。そして彼のあかしが真実であることを、わたしたちは知っている。
25 イエスのなさったことは、このほかにまだ数多くある。もしいちいち書きつけるならば、世界もその書かれた文書を収めきれないであろうと思う」(ヨハネによる福音書 21:1-25)。

***

―復活したイエス・キリストの昇天に関する様々な記述:

「さて、十一人の弟子たちはガリラヤに行って、イエスが彼らに行くように命じられた山に登った。
17 そして、イエスに会って拝した。しかし、疑う者もいた。
18 イエスは彼らに近づいてきて言われた、「わたしは、天においても地においても、いっさいの権威を授けられた。
19 それゆえに、あなたがたは行って、すべての国民を弟子として、父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施し、
20 あなたがたに命じておいたいっさいのことを守るように教えよ。見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいるのである」」(マタイによる福音書 28:16-20)。

「それから、イエスは彼らをベタニヤの近くまで連れて行き、手をあげて彼らを祝福された。
51 祝福しておられるうちに、彼らを離れて、〔天にあげられた。〕
52 彼らは〔イエスを拝し、〕非常な喜びをもってエルサレムに帰り、
53 絶えず宮にいて、神をほめたたえていた」(ルカ24:50-53)。

「さて、弟子たちが一緒に集まったとき、イエスに問うて言った、「主よ、イスラエルのために国を復興なさるのは、この時なのですか」。
7 彼らに言われた、「時期や場合は、父がご自分の権威によって定めておられるのであって、あなたがたの知る限りではない。
8 ただ、聖霊があなたがたにくだる時、あなたがたは力を受けて、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、さらに地のはてまで、わたしの証人となるであろう」。
9 こう言い終ると、イエスは彼らの見ている前で天に上げられ、雲に迎えられて、その姿が見えなくなった。
10 イエスの上って行かれるとき、彼らが天を見つめていると、見よ、白い衣を着たふたりの人が、彼らのそばに立っていて
11 言った、「ガリラヤの人たちよ、なぜ天を仰いで立っているのか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになるであろう」」(使徒言行録1:6-11)。

***

栄光に満ちたイエス・キリストは、タルソスのサウロ(後に使徒パウロとして知られる)に現れ、彼は三日間盲目になった。それから、弟子のアナニアに現れ、アナニアはタルソスのサウロに洗礼を授けた。

「しかし、なおも主の弟子たちに対する脅迫、殺害の息をはずませながら、大祭司のところに行って、
2 ダマスコの諸会堂あての添書を求めた。それは、この道の者を見つけ次第、男女の別なく縛りあげて、エルサレムにひっぱって来るためであった。
3 ところが、道を急いでダマスコの近くにきたとき、突然、天から光がさして、彼をめぐり照した。
4 彼は地に倒れたが、その時「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか」と呼びかける声を聞いた。
5 そこで彼は「主よ、あなたは、どなたですか」と尋ねた。すると答があった、「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。
6 さあ立って、町にはいって行きなさい。そうすれば、そこであなたのなすべき事が告げられるであろう」。
7 サウロの同行者たちは物も言えずに立っていて、声だけは聞えたが、だれも見えなかった。
8 サウロは地から起き上がって目を開いてみたが、何も見えなかった。そこで人々は、彼の手を引いてダマスコへ連れて行った。
9 彼は三日間、目が見えず、また食べることも飲むこともしなかった。
10 さて、ダマスコにアナニヤというひとりの弟子がいた。この人に主が幻の中に現れて、「アナニヤよ」とお呼びになった。彼は「主よ、わたしでございます」と答えた。
11 そこで主が彼に言われた、「立って、『真すぐ』という名の路地に行き、ユダの家でサウロというタルソ人を尋ねなさい。彼はいま祈っている。
12 彼はアナニヤという人がはいってきて、手を自分の上において再び見えるようにしてくれるのを、幻で見たのである」。
13 アナニヤは答えた、「主よ、あの人がエルサレムで、どんなにひどい事をあなたの聖徒たちにしたかについては、多くの人たちから聞いています。
14 そして彼はここでも、御名をとなえる者たちをみな捕縛する権を、祭司長たちから得てきているのです」。
15 しかし、主は仰せになった、「さあ、行きなさい。あの人は、異邦人たち、王たち、またイスラエルの子らにも、わたしの名を伝える器として、わたしが選んだ者である。
16 わたしの名のために彼がどんなに苦しまなければならないかを、彼に知らせよう」」(使徒行伝 9:1-16)。


***

―使徒ヨハネが、当時高齢であったにもかかわらず、栄光に満ちたイエス・キリストの幻を見たという黙示録の記述:神殿の聖所にて:

「あなたがたの兄弟であり、共にイエスの苦難と御国と忍耐とにあずかっている、わたしヨハネは、神の言とイエスのあかしとのゆえに、パトモスという島にいた。
10 ところが、わたしは、主の日に御霊に感じた。そして、わたしのうしろの方で、ラッパのような大きな声がするのを聞いた。
11 その声はこう言った、「あなたが見ていることを書きものにして、それをエペソ、スミルナ、ペルガモ、テアテラ、サルデス、ヒラデルヒヤ、ラオデキヤにある七つの教会に送りなさい」。
12 そこでわたしは、わたしに呼びかけたその声を見ようとしてふりむいた。ふりむくと、七つの金の燭台が目についた。
13 それらの燭台の間に、足までたれた上着を着、胸に金の帯をしめている人の子のような者がいた。
14 そのかしらと髪の毛とは、雪のように白い羊毛に似て真白であり、目は燃える炎のようであった。
15 その足は、炉で精錬されて光り輝くしんちゅうのようであり、声は大水のとどろきのようであった。
16 その右手に七つの星を持ち、口からは、鋭いもろ刃のつるぎがつき出ており、顔は、強く照り輝く太陽のようであった。
17 わたしは彼を見たとき、その足もとに倒れて死人のようになった。すると、彼は右手をわたしの上において言った、「恐れるな。わたしは初めであり、終りであり、
18 また、生きている者である。わたしは死んだことはあるが、見よ、世々限りなく生きている者である。そして、死と黄泉とのかぎを持っている。
19 そこで、あなたの見たこと、現在のこと、今後起ろうとすることを、書きとめなさい。
20 あなたがわたしの右手に見た七つの星と、七つの金の燭台との奥義は、こうである。すなわち、七つの星は七つの教会の御使であり、七つの燭台は七つの教会である」(ヨハネの黙示録1:9-20)。

当時90歳から100歳(西暦96年)だった使徒ヨハネが見たこの幻は、復活したイエス・キリストが使徒ペトロに預言した、ヨハネがイエスの再臨の際に栄光に満ちたイエスを見るという預言(ヨハネによる福音書21章1節、イエスとペトロの会話)と一致するように思われる。

***

使徒ヨハネが黙示録の中で見た、栄光に満ちたイエス・キリストの幻は、研ぎ澄まされた剣を携えて諸国を導くために出陣する騎手として描かれています。

「小羊が七つの封印の一つを解いた時、わたしが見ていると、四つの生き物の一つが、雷のような声で「きたれ」と呼ぶのを聞いた。
2 そして見ていると、見よ、白い馬が出てきた。そして、それに乗っている者は、弓を手に持っており、また冠を与えられて、勝利の上にもなお勝利を得ようとして出かけた」(黙示録6:1-2)。

「またわたしが見ていると、天が開かれ、見よ、そこに白い馬がいた。それに乗っているかたは、「忠実で真実な者」と呼ばれ、義によってさばき、また、戦うかたである。
12 その目は燃える炎であり、その頭には多くの冠があった。また、彼以外にはだれも知らない名がその身にしるされていた。
13 彼は血染めの衣をまとい、その名は「神の言」と呼ばれた。
14 そして、天の軍勢が、純白で、汚れのない麻布の衣を着て、白い馬に乗り、彼に従った。
15 その口からは、諸国民を打つために、鋭いつるぎが出ていた。彼は、鉄のつえをもって諸国民を治め、また、全能者なる神の激しい怒りの酒ぶねを踏む。
16 その着物にも、そのももにも、「王の王、主の主」という名がしるされていた」(ヨハネの黙示録 19:11-16)。

黙示録に描かれている、王であり大祭司として栄光を受けたイエス・キリストの幻は、私たちに深く考えさせるべきものです。イエス・キリストはもはや飼い葉桶に寝かされた無害な赤子ではありません。イエス・キリストはもはや、手足を釘で打ち付けられ、脇腹を槍で貫かれて犠牲となり死んだ男の姿ではありません。イエス・キリストは今や、私たち生きている者一人ひとりの命と死、そして復活する死者をも支配する王であり大祭司です。復活したイエス・キリスト(ヨシュア・マシア)は、昇天の直前に、父なるエホバ神(YHWHエロヒム)が自分にすべての権威を与えたと語りました(マタイ28:19, 20)。さらに、この重要な教えを説明する二つの聖書箇所を挙げます。これによって、イエス・キリストが現在王位に就いており、慈悲深く、かつ畏敬の念を抱くべき存在であることが分かります。

「わたしにむかって『主よ、主よ』と言う者が、みな天国にはいるのではなく、ただ、天にいますわが父の御旨を行う者だけが、はいるのである。
22 その日には、多くの者が、わたしにむかって『主よ、主よ、わたしたちはあなたの名によって預言したではありませんか。また、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって多くの力あるわざを行ったではありませんか』と言うであろう。
23 そのとき、わたしは彼らにはっきり、こう言おう、『あなたがたを全く知らない。不法を働く者どもよ、行ってしまえ』」(マタイによる福音書 7:21-23)。

「人の子が栄光の中にすべての御使たちを従えて来るとき、彼はその栄光の座につくであろう。
32 そして、すべての国民をその前に集めて、羊飼が羊とやぎとを分けるように、彼らをより分け、
33 羊を右に、やぎを左におくであろう。
34 そのとき、王は右にいる人々に言うであろう、『わたしの父に祝福された人たちよ、さあ、世の初めからあなたがたのために用意されている御国を受けつぎなさい。
35 あなたがたは、わたしが空腹のときに食べさせ、かわいていたときに飲ませ、旅人であったときに宿を貸し、
36 裸であったときに着せ、病気のときに見舞い、獄にいたときに尋ねてくれたからである』。
37 そのとき、正しい者たちは答えて言うであろう、『主よ、いつ、わたしたちは、あなたが空腹であるのを見て食物をめぐみ、かわいているのを見て飲ませましたか。
38 いつあなたが旅人であるのを見て宿を貸し、裸なのを見て着せましたか。
39 また、いつあなたが病気をし、獄にいるのを見て、あなたの所に参りましたか』。
40 すると、王は答えて言うであろう、『あなたがたによく言っておく。わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである』。
41 それから、左にいる人々にも言うであろう、『のろわれた者どもよ、わたしを離れて、悪魔とその使たちとのために用意されている永遠の火にはいってしまえ。
42 あなたがたは、わたしが空腹のときに食べさせず、かわいていたときに飲ませず、
43 旅人であったときに宿を貸さず、裸であったときに着せず、また病気のときや、獄にいたときに、わたしを尋ねてくれなかったからである』。
44 そのとき、彼らもまた答えて言うであろう、『主よ、いつ、あなたが空腹であり、かわいておられ、旅人であり、裸であり、病気であり、獄におられたのを見て、わたしたちはお世話をしませんでしたか』。
45 そのとき、彼は答えて言うであろう、『あなたがたによく言っておく。これらの最も小さい者のひとりにしなかったのは、すなわち、わたしにしなかったのである』。
46 そして彼らは永遠の刑罰を受け、正しい者は永遠の生命に入るであろう」」(マタイによる福音書 25:31-46)。

詩篇2篇は、イエス・キリストが王として鉄の笏をもって諸国を統治する様子を預言的に描写している。彼は神の力によって地上に支配権を確立するだろう。

「何のために、もろもろの国びとは騒ぎたち、もろもろの民はむなしい事をたくらむのか。
2 地のもろもろの王は立ち構え、もろもろのつかさはともに、はかり、主とその油そそがれた者とに逆らって言う、
3 「われらは彼らのかせをこわし、彼らのきずなを解き捨てるであろう」と。
4 天に座する者は笑い、主は彼らをあざけられるであろう。
5 そして主は憤りをもって彼らに語り、激しい怒りをもって彼らを恐れ惑わせて言われる、
6 「わたしはわが王を聖なる山シオンに立てた」と。
7 わたしは主の詔をのべよう。主はわたしに言われた、「おまえはわたしの子だ。きょう、わたしはおまえを生んだ。
8 わたしに求めよ、わたしはもろもろの国を嗣業としておまえに与え、地のはてまでもおまえの所有として与える。
9 おまえは鉄のつえをもって彼らを打ち破り、陶工の作る器物のように彼らを打ち砕くであろう」と。
10 それゆえ、もろもろの王よ、賢くあれ、地のつかさらよ、戒めをうけよ。
11 恐れをもって主に仕え、おののきをもって
12 その足に口づけせよ。さもないと主は怒って、あなたがたを道で滅ぼされるであろう、その憤りがすみやかに燃えるからである。すべて主に寄り頼む者はさいわいである」(詩篇2)。

***

ヨハネの黙示録2章と3章は、イエス・キリストという王が会衆を導き、彼らを訓練する様子を示しています。以下の箇所をご覧ください。

「天使へソにある教会の御使に、こう書きおくりなさい。『右の手に七つの星を持つ者、七つの金の燭台の間を歩く者が、次のように言われる。
2 わたしは、あなたのわざと労苦と忍耐とを知っている。また、あなたが、悪い者たちをゆるしておくことができず、使徒と自称してはいるが、その実、使徒でない者たちをためしてみて、にせ者であると見抜いたことも、知っている。
3 あなたは忍耐をし続け、わたしの名のために忍びとおして、弱り果てることがなかった。
4 しかし、あなたに対して責むべきことがある。あなたは初めの愛から離れてしまった。
5 そこで、あなたはどこから落ちたかを思い起し、悔い改めて初めのわざを行いなさい。もし、そうしないで悔い改めなければ、わたしはあなたのところにきて、あなたの燭台をその場所から取りのけよう。
6 しかし、こういうことはある。あなたはニコライ宗の人々のわざを憎んでおり、わたしもそれを憎んでいる。
7 耳のある者は、御霊が諸教会に言うことを聞くがよい。勝利を得る者には、神のパラダイスにあるいのちの木の実を食べることをゆるそう』。
8 スミルナにある教会の御使に、こう書きおくりなさい。『初めであり、終りである者、死んだことはあるが生き返った者が、次のように言われる。
9 わたしは、あなたの苦難や、貧しさを知っている(しかし実際は、あなたは富んでいるのだ)。また、ユダヤ人と自称してはいるが、その実ユダヤ人でなくてサタンの会堂に属する者たちにそしられていることも、わたしは知っている。
10 あなたの受けようとする苦しみを恐れてはならない。見よ、悪魔が、あなたがたのうちのある者をためすために、獄に入れようとしている。あなたがたは十日の間、苦難にあうであろう。死に至るまで忠実であれ。そうすれば、いのちの冠を与えよう。
11 耳のある者は、御霊が諸教会に言うことを聞くがよい。勝利を得る者は、第二の死によって滅ぼされることはない』。
12 ペルガモにある教会の御使に、こう書きおくりなさい。『鋭いもろ刃のつるぎを持っているかたが、次のように言われる。
13 わたしはあなたの住んでいる所を知っている。そこにはサタンの座がある。あなたは、わたしの名を堅く持ちつづけ、わたしの忠実な証人アンテパスがサタンの住んでいるあなたがたの所で殺された時でさえ、わたしに対する信仰を捨てなかった。
14 しかし、あなたに対して責むべきことが、少しばかりある。あなたがたの中には、現にバラムの教を奉じている者がある。バラムは、バラクに教え込み、イスラエルの子らの前に、つまずきになるものを置かせて、偶像にささげたものを食べさせ、また不品行をさせたのである。
15 同じように、あなたがたの中には、ニコライ宗の教を奉じている者もいる。
16 だから、悔い改めなさい。そうしないと、わたしはすぐにあなたのところに行き、わたしの口のつるぎをもって彼らと戦おう。
17 耳のある者は、御霊が諸教会に言うことを聞くがよい。勝利を得る者には、隠されているマナを与えよう。また、白い石を与えよう。この石の上には、これを受ける者のほかだれも知らない新しい名が書いてある』。
18 テアテラにある教会の御使に、こう書きおくりなさい。『燃える炎のような目と光り輝くしんちゅうのような足とを持った神の子が、次のように言われる。
19 わたしは、あなたのわざと、あなたの愛と信仰と奉仕と忍耐とを知っている。また、あなたの後のわざが、初めのよりもまさっていることを知っている。
20 しかし、あなたに対して責むべきことがある。あなたは、あのイゼベルという女を、そのなすがままにさせている。この女は女預言者と自称し、わたしの僕たちを教え、惑わして、不品行をさせ、偶像にささげたものを食べさせている。
21 わたしは、この女に悔い改めるおりを与えたが、悔い改めてその不品行をやめようとはしない。
22 見よ、わたしはこの女を病の床に投げ入れる。この女と姦淫する者をも、悔い改めて彼女のわざから離れなければ、大きな患難の中に投げ入れる。
23 また、この女の子供たちをも打ち殺そう。こうしてすべての教会は、わたしが人の心の奥底までも探り知る者であることを悟るであろう。そしてわたしは、あなたがたひとりびとりのわざに応じて報いよう。
24 また、テアテラにいるほかの人たちで、まだあの女の教を受けておらず、サタンの、いわゆる「深み」を知らないあなたがたに言う。わたしは別にほかの重荷を、あなたがたに負わせることはしない。
25 ただ、わたしが来る時まで、自分の持っているものを堅く保っていなさい。
26 勝利を得る者、わたしのわざを最後まで持ち続ける者には、諸国民を支配する権威を授ける。
27 彼は鉄のつえをもって、ちょうど土の器を砕くように、彼らを治めるであろう。それは、わたし自身が父から権威を受けて治めるのと同様である。
28 わたしはまた、彼に明けの明星を与える。
29 耳のある者は、御霊が諸教会に言うことを聞くがよい』」(ヨハネの黙示録2章)。

「天使へソにある教会の御使に、こう書きおくりなさい。『右の手に七つの星を持つ者、七つの金の燭台の間を歩く者が、次のように言われる。
2 わたしは、あなたのわざと労苦と忍耐とを知っている。また、あなたが、悪い者たちをゆるしておくことができず、使徒と自称してはいるが、その実、使徒でない者たちをためしてみて、にせ者であると見抜いたことも、知っている。
3 あなたは忍耐をし続け、わたしの名のために忍びとおして、弱り果てることがなかった。
4 しかし、あなたに対して責むべきことがある。あなたは初めの愛から離れてしまった。
5 そこで、あなたはどこから落ちたかを思い起し、悔い改めて初めのわざを行いなさい。もし、そうしないで悔い改めなければ、わたしはあなたのところにきて、あなたの燭台をその場所から取りのけよう。
6 しかし、こういうことはある。あなたはニコライ宗の人々のわざを憎んでおり、わたしもそれを憎んでいる。
7 耳のある者は、御霊が諸教会に言うことを聞くがよい。勝利を得る者には、神のパラダイスにあるいのちの木の実を食べることをゆるそう』。
8 スミルナにある教会の御使に、こう書きおくりなさい。『初めであり、終りである者、死んだことはあるが生き返った者が、次のように言われる。
9 わたしは、あなたの苦難や、貧しさを知っている(しかし実際は、あなたは富んでいるのだ)。また、ユダヤ人と自称してはいるが、その実ユダヤ人でなくてサタンの会堂に属する者たちにそしられていることも、わたしは知っている。
10 あなたの受けようとする苦しみを恐れてはならない。見よ、悪魔が、あなたがたのうちのある者をためすために、獄に入れようとしている。あなたがたは十日の間、苦難にあうであろう。死に至るまで忠実であれ。そうすれば、いのちの冠を与えよう。
11 耳のある者は、御霊が諸教会に言うことを聞くがよい。勝利を得る者は、第二の死によって滅ぼされることはない』。
12 ペルガモにある教会の御使に、こう書きおくりなさい。『鋭いもろ刃のつるぎを持っているかたが、次のように言われる。
13 わたしはあなたの住んでいる所を知っている。そこにはサタンの座がある。あなたは、わたしの名を堅く持ちつづけ、わたしの忠実な証人アンテパスがサタンの住んでいるあなたがたの所で殺された時でさえ、わたしに対する信仰を捨てなかった。
14 しかし、あなたに対して責むべきことが、少しばかりある。あなたがたの中には、現にバラムの教を奉じている者がある。バラムは、バラクに教え込み、イスラエルの子らの前に、つまずきになるものを置かせて、偶像にささげたものを食べさせ、また不品行をさせたのである。
15 同じように、あなたがたの中には、ニコライ宗の教を奉じている者もいる。
16 だから、悔い改めなさい。そうしないと、わたしはすぐにあなたのところに行き、わたしの口のつるぎをもって彼らと戦おう。
17 耳のある者は、御霊が諸教会に言うことを聞くがよい。勝利を得る者には、隠されているマナを与えよう。また、白い石を与えよう。この石の上には、これを受ける者のほかだれも知らない新しい名が書いてある』。
18 テアテラにある教会の御使に、こう書きおくりなさい。『燃える炎のような目と光り輝くしんちゅうのような足とを持った神の子が、次のように言われる。
19 わたしは、あなたのわざと、あなたの愛と信仰と奉仕と忍耐とを知っている。また、あなたの後のわざが、初めのよりもまさっていることを知っている。
20 しかし、あなたに対して責むべきことがある。あなたは、あのイゼベルという女を、そのなすがままにさせている。この女は女預言者と自称し、わたしの僕たちを教え、惑わして、不品行をさせ、偶像にささげたものを食べさせている。
21 わたしは、この女に悔い改めるおりを与えたが、悔い改めてその不品行をやめようとはしない。
22 見よ、わたしはこの女を病の床に投げ入れる。この女と姦淫する者をも、悔い改めて彼女のわざから離れなければ、大きな患難の中に投げ入れる。
23 また、この女の子供たちをも打ち殺そう。こうしてすべての教会は、わたしが人の心の奥底までも探り知る者であることを悟るであろう。そしてわたしは、あなたがたひとりびとりのわざに応じて報いよう。
24 また、テアテラにいるほかの人たちで、まだあの女の教を受けておらず、サタンの、いわゆる「深み」を知らないあなたがたに言う。わたしは別にほかの重荷を、あなたがたに負わせることはしない。
25 ただ、わたしが来る時まで、自分の持っているものを堅く保っていなさい。
26 勝利を得る者、わたしのわざを最後まで持ち続ける者には、諸国民を支配する権威を授ける。
27 彼は鉄のつえをもって、ちょうど土の器を砕くように、彼らを治めるであろう。それは、わたし自身が父から権威を受けて治めるのと同様である。
28 わたしはまた、彼に明けの明星を与える。
29 耳のある者は、御霊が諸教会に言うことを聞くがよい』」(ヨハネの黙示録3章)。

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あなたのみ言葉は私の足のともしび、私の道の光です(詩篇 119:105)

イエス・キリストの死を記念する祝典

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神はなぜ苦しみと悪を許すのでしょうか?

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永遠の命の希望への信仰を強めるイエス・キリストの奇跡

聖書の教え

大患難が来る前に何をすべきでしょうか?

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